高松高等裁判所 昭和27年(う)410号 判決 1952年11月05日
控訴人 検察官 十河清行
被告人 金性南こと大原波子
主文
本件控訴を棄却する。
理由
検察官の控訴趣意は末尾添付の控訴趣意書記載の通りであつて、その要旨は昭和二二年勅令第二〇七号外国人登録令附則第二項に違反して同令施行の日から三十日以内に登録申請をしなかつた罪の公訴時効は右三十日の期間徒過の日から進行するものでなく登録不申請なる不作為の存続する限り進行しないと主張しその論拠として登録義務は右期間経過後も登録申請がなされるまで存続するから右期間は期間内に登録申請をしたものの処罰を免除する免責期間に過ぎないものであるというに帰する。
よつて審究するに右附則第二項の法意が右期間経過後も登録義務者に対し登録申請義務を免除するものでないことは之を肯認しなければならないけれども、所論の如く右期間を免責期間なりと解するときは同令違反の罪の構成要件と既遂の時期を何処に求めんとするか疑なきを得ない。およそ刑罰法令はそれが作為を命ずる場合にも不作為を命ずる場合にも義務者に於て法に遵うことが可能なことを前提とし、可能なるに拘らず之に遵わないとき始めて之を犯罪とするものであつて不可能を命じておきながら之に従わないとして犯罪とするものでないことは多言を要しない。ところが法令が不作為を命ず場合にはその可能な限り法令施行の時から即時不作為を命じそこに何等の時間的余裕を与えることを要しないけれども作為を命ずる場合にあつてはその可能な場合に於てもことの性質上猶作為に要する相当の時間的余裕を置かなければならないことは自明の理である。これを外国人登録令附則第二項について考えるに同法令は所定の外国人に対し登録申請なる作為義務を課するものであるからその作為を可能ならしむべきことを配慮して法令施行の日から三十日の期間を設けて作為を命じ期間内に作為義務を果さない時始めてこれを犯罪として処罰の対象とするもの即ち登録義務者が登録申請を為さずして右期間を徒過することが犯罪の構成要件であり期間を徒過するのと共に犯罪は既遂となるものと解せざるを得ない。然るに公訴時効は犯罪行為の終つた時から起算すべきものであるから右犯罪の公訴時効は右期間を徒過した時から進行するものと解するのが当然である。用語はこれを案出して使用する者の自由であるけれども、右期間を犯罪の免責期間であるという所論は果して犯罪の構成要件と既遂の時期とを如何に説明せんとするか了解に苦しまざるを得ない。敢て用語の末を捉えて云為するものでないけれども免責という以上一応責任の発生を前提とすべく、責任の発生は犯罪の成立を予定しなければならない。
然らば犯罪成立の時期如何と言えば右期間を免責期間と云う以上犯罪の成立時期を本令施行の日なりと結論せざるを得ないであらう。然し斯くの如きは作為義務者に対し、作為に要する時間的余裕を与えることなくして直ちに之を犯罪とするものであつて法の期待するところでないのは勿論不作為犯の観念とも相容れないものと云うべきである。
又所論は登録申請義務が期間経過後も存続することと、犯罪の既遂時期とを混同し右犯罪を継続犯なりと称して公訴時効の進行を否定せんとするけれども、公訴時効は犯罪一般につき定められた規定であつて刑訴法には何等その例外あるを見ない。所論に従えば右犯罪は仮令何十年を経過しても法令の廃止なき限り登録申請を果すまで公訴時効にかからないこととなり時効制度を没却するにちかく極言すれば之を有名無実に帰せしめるものと云うも過言ではない。かかる解釈は罪刑法定主義を消極的に否定するものであつて専制国家に於てはいざ知らず、罪刑法定主義を刑法典の金科玉条として堅持する民主憲法の下に於ては断じて容認することができない誤まつた解釈と云わなければならない。
更に昭和二四年政令第三八一号は右勅令第二〇七号を改正したものであるところ、その附則第七項は改正前登録申請義務違反の罪を犯した者の処罰についてはなお従前の例によるべき旨を規定する。果して右犯罪を所謂継続犯なりと解するならば、かかる規定の存在する余地は全くないものと云わなければならない。蓋し同一犯罪が新旧両法に跨るものとせばその処罰については当然新法を適用すべく新旧両法によりその処罰を区別することができない筈であるからである。然らば右政令はその施行前にかかる勅令違反の罪が既遂になつて居ることを前提とするものであることは勿論これが所謂継続犯でないことも裏書するものと云うべきである。
即ち右政令の規定から考えても所論は到底之を肯認することができない。
以上説明の通り論旨は全く理由がなく本件につき公訴時効の完成を認めた原審の解釈は洵に正当であり原判決には他に違法の点がないから本件控訴は之を棄却すべきものとし刑訴法第三九六条に則り主文の通り判決する。
(裁判長判事 三野盛一 判事 谷弓雄 判事 渡辺進)
検察官の控訴趣意
一、外国人登録令(昭和二十二年勅令第二〇七号昭和二十四年政令第三八一号)の立法趣旨はその第一条に明定せられている如く「外国人の入国に関する措置を適正に実施し且外国人に対する諸般の取扱の適正を期する」に在りその目的を達する為には外国人の在人員を常に正確に調査して置く必要があり調査の正確を期する為には必ず登録の申請を為すべきであつて無登録の者があつてはならないのである、従つて未登録の在日外国人は何年経つても登録申請の作為義務を負うものであると解するのが本令の立法趣旨に徴し当然の帰結と謂わねばならない。而して本令附則第二項の「施行の日から三十日以内」と言うのは登録申請なる作為義務の存続期間を限定したものではなく右期間内に登録申請を完了することを促進する為に政策的考慮から右期間内に登録申請した者に限り処罰を免ずる旨の一種の免責期間を設定したものと解すべきである。
要するに本件登録不申請罪は真正不作為犯たる継続犯を以て論ずべきであり状態犯ではない。従つて登録不申請なる不作為の存続する限り依然として犯罪状態が継続し公訴の時効の進行なきものと謂うべきである。
二、原審判決は時効完成の一根拠として昭和二十四年十一月一日法務府民事局民事第二四九一号(六)一五九号法務府民事訴務長官同刑政長官連名の各都道府県知事宛の通牒を引用しているが該通牒は期間経適後の登録申請を受理するに際り是迄の寛大なる取扱を捨て告発の手続をとり其の結果を俟つて申請を受理すべき旨通達したに過ぎず公訴の時効の点には触れて居らず右と反対の立場をとつていると謂うべきものではない。
三、斯くの如く本件は公訴時効の完成は問題とならず本登録令の適用により当然刑の言渡をなすべきものである。然るに原審は本登録令の解釈を誤り公訴の時効完成したものと為し正当な法令の適用を為さず誤れる免訴の判決を言渡したのである。
以上の理由により原審判決は法令の適用を誤り且その誤りが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから刑事訴訟法第三百九十七条により破棄せらるべきものと思料する次第である。